認知症の始まり。
真冬の夜久しぶりに実家の門をくぐり、両親の部屋を開けた時、異常なオシッコの匂いに気づく。
父は何事もないような顔をしてテレビを観ていた。
父にとっては母の行動が日常のことだったのか、
「ああ、来たのか」
平然と私に声をかけた。
洋服や肌着を何枚も重ね着した母は、開けっ放しの和室で私と眼が合い虚ろな目で笑みを浮かべた。
「何してんの?」
思わず声を掛けたけど、服が散乱した異常な光景を直ぐには信じられなかった。
母と父のタンスが全て開け放たれ、畳にはグチャグチャの服が散らかり放題。
冷たい両手を擦りながら赤ちゃんのような眼で私を見詰めた母は、雪だるまのように膨れた服で身動きがとれず畳に座り込んでいた。
寒いから早く、何でも良いから服を着たかったのだろう。
母の姿を見て私は絶句した!
母の認知症がまさかこんなにも進んでるなんて…
男物や女物の区別がつかず、7枚も重ね着した下着やセーター。
口も利けなくなった母の服を脱がせながら、娘なのに何も気づけなかった後悔に溢れ出る涙がとまらなかった。
「これからはまめに田舎に行くからね」
我が家に戻り子供達にも宣言して了解を得た遠距離介護。
散々、おばあちゃんにあちこち旅行にも連れて行ってくれたんだもの。
お小遣いもタップリもらっていた子供達から文句が出るはずもない。
それから十年間、母だけでなく父が倒れたり義父や義叔母達の面倒を看るのに川崎から茨城に通う事になるとは…
大柄な父をもし介護するとしたら、どうやってオムツを取り替えるんだろう?
想像したらとても無理だと考えて、五十歳の時に夜学に通い詰めてで介護ヘルパー資格を取ったことが幸いした。
まさか、元気だった母の介護を先にするとは誤算だったけど…
オムツを粉々にしてトイレに流し、しっかり鍵までかけてしまう。
私を他人だと勘違いして敬語になり、とんかつソースを化粧品だと思い顔に塗りたくる。
ダイヤの指輪を丁寧にティッシュでくるみゴミ箱へ。平屋の実家なのに、二階の座敷に父の女が寝てると妄想。八百屋の女、料理屋の女と日替わりで私に教えてくれる。
認知症になった母の、キレイ好きで世話好きの性格がモロ見えで笑いが耐えなかった。
まさか、芸者さんにもてまくっていた父のことをヤキモチ焼いてたなんて。
母の本音を垣間見て、娘として正直ドキリ!
あの日から私も、大事に隠し持っているものの断捨離の決心をして慌てている。
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