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執筆者の写真さち ebi

・・・仲良しホームレスおじさん・・・




『ホームレスがホームレス』

なんて洒落を言っている場合じゃない。ほんとに家がなくなっちゃったぁ。

「どうしよう!」

多摩川の河川敷のそばに、いつもあるはずの青いビニールの掘っ立て小屋。

おとといから降りしきっていた雪の重みに耐えかねて、押しつぶされ消えてしまっていた。ホームレスのおじさん達、どこへ行ったのかな、こんな真冬に。

淀んでいる川の水が、落ち着きのない音を立てて急激に流れている。私は呆然として、熔けかかっている雪景色と残していったガレキの山を見つめていた。




多摩沿線道路が混み始める夕方になると、雑種のキンタロウと散歩に出るのが私の日課。大好きな散歩はリフレッシュになる。人通りのほとんどない河川敷を一時間近く、季節を感じながら歩くと郷愁を誘われるので楽しい。

秋になると枯れすすきや枯れ枝が折れ曲がって、人が通るのが見えないくらい邪魔になる。暗くなると慣れない人にはちょっと不気味。この界隈にはホームレスのビニールハウスが数棟ある。でも私にはこの夕暮れがちっとも怖くない。私を守ってくれる心強いホームレスの友達ができたのだ。

キンタロウはなかなかのハンサムでパッチリした目をしているから、ホームレスばかりじゃなく土手を散歩している人たちが

「かわいいね」

といってくれるほどだ。このキンタロウが私とホームレスを友達にしてくれた。何人かのホームレスはキンタロウを

「シロちゃん」

と勝手に呼んで遊んでくれる。名前を訂正するほどでもないのでそのままにしてあるけど。

ホームレスは夕方五時すぎになると時々何人かで食事を共にする。その時間帯に散歩していると私も何度かご相伴にあずかることがあった。壊れかけた七輪でいつもチャーハンを手際よく作ってくれる。白米の中に白滝も入って量を増やし、調味料も効いてなかなかの味。昔、銀座の料理店で板さんだったおじさんは八匹の猫と暮らしている。初めてチャーハンをご馳走になった時

「ご飯食べて行かない?」

なんて気楽に誘ってくれた。最初は躊躇したけどせっかくだからとご馳走になることに。一緒にいたホームレスが、反り返って枯れ葉の上に投げてあった汚れた週刊誌をちぎっていた。パンパンと埃を払う真似をして慣れた手つきでその上にチャーハンを乗せている。

「はいよ、レディファーストだ」

その週刊誌を私にポンとくれた。

『えっ?週刊誌?きたな・・』

お箸もなく手づかみ、でもここで断ったら女が廃るか。

キンタロウが匂いに誘われて取り乱している。

少ないほうがいいからキンタロウに分ける振りをしてみたら

「シロちゃんには別にちゃんとあるよ」

そりゃどうもご親切に、とは言えなかった。

キンタロウを見ると猫用の焼いた手羽先二本、

『すごい、豪華』

日頃乾燥したまずい餌しか食べさせたことのないキンタロウは、がつがつと飲み込むように食べ始めた。

『ちょっと金ちゃん、もっと上品に食べてよ』

苦笑いをしながらおもいきってチャーハンを口に放り込んだ。

『ええぃ、食べちゃぇ、汚くても死にはしない。あらっ、美味い・・』

「すごくおいしいです。」

お世辞ではなくおいしかった。

「そうだろう、免許皆伝だから。この人、前は料理人だったんだよ」

破れたセーターをたくし上げながら隣のおじさんが教えてくれた。なるほど納得。いつか川岸で洗濯しているのを覗いたとき、石鹸のついたタオルを何度もすすいでいる。几帳面で綺麗好きな人だなと感心していた。昔はきっと腕のいい板さんだったのだろう。

キンタロウをシロと呼んでいるだけでお互い名前も知らない仲。あまり詮索はしない。でも同じ釜の飯を一緒にご飯を食べて気持ちが緩んだのか、身の上話までしてくれた。奥さんと娘さんを交通事故で亡くし、生きる希望まで失くしていた人、残してきた高齢の親の面倒を見たいがこの猫たちをどうしたものかと真剣に悩むやさしい人、借金で夜逃げしてきた人、不思議に明るく教えてくれた。私みたいなおばさんに

『どうして?』

とも思ったけど誰でもいいから話を聞いてほしかったのだ。私だって同じ、話せば心が軽くなるもの。夫の事業が思わしくなく苦労してきたから、人事とは思えない共感を覚えていた。


「こんばんは」

いつもと違う場所で見知らぬ人がしゃがんで、火を起こしながら私に声を掛けてくれた。見慣れないホームレス、人なつっこいキンタロウがグイグイと紐を引っ張りながら近づいていく。古ぼけたグレーの作業着で、六十がらみの男が秋刀魚を一匹焼いて、ピカピカの七輪が新入りだよ、と教えてくれた。

「こんばんは」

私も近寄って挨拶をした。

しばらくしてこのホームレスは、背骨を傷つけて仕事もできなくなった、と話してくれた。歩くときに肩が下がって腰も曲がっている。年金だけでは足りなくてこの生活を選んだみたい。

「毛布持ってきましょうか」

私のお節介は相変わらず。もうすぐ冬になるので心配だったけどきっぱり断られた。ボロは着てても心は錦、プライド、傷つけたかな?

ある日、転んで打ち身を作っていたからまたまたお節介。

「使い切れないトクホンもらってください」

って、言ってみたら

「喜んでいただきます」

『ああ、よかった!』

おじさんはいつも私の背中に向かって

「危ないから気をつけてお帰りなさいよ」

柔らかい物言い、実家の父に言われた様なあったかい気持ちになった。


日曜の朝、にやけた目で夫が

「さっちゃんの友達と話したよ!」

誰のことかと思った。

夫は機嫌がいいと私をさっちゃんと呼ぶ時がある。めったに散歩しないのに早く起きてキンタロウとホームレス見学に行ったらしい。

「キンタロウのピンクの首輪でだんなってバレタ!」

なんてふざけていたけど

「俺もあんなふうになりてぇな」

今、仕事で苦労している夫には、自由な生活が限りなくうらやましくおもえたのだろう。あきらめる勇気、逃げる勇気、いまの夫にはないだろうに。

「人が良すぎて、今の汚い世の中にうまく順応できないんだろうな、きっと」

 遠くの空を見て独り言のようにつぶやいていた。


「きっとホームレスの仕業よ」

と友達が興奮していた。自転車が盗まれたらしい。

「盗んだ現場を見たの?」

「ううん、でも」

明らかに疑っている。私は一生懸命ホームレスを弁護をしていた。朝早くごみの山を片付けてくれること、冠やビンを分別してくれること、言葉遣いも丁寧で親切なこと、悪い人ばかりじゃないこと、なぜか必死で弁解していた。ホームレスは汚い、あぶない、怖いなんて思っていた頃の自分を恥ずかしいと思っていたから。

電気も、ガスも水道もない生活なんて私には考えられない。それでも生きていく勇気、ホームレスおじさんに心からエールを送りたい。

「わかった!」

友達は私の言葉を信じてくれた。

「さすが!マイ・フレンド、ありがとう!」


今も猫おじさんと腰の悪いホームレスは戻ってこない。またどこかで新しいビニールハウスを作っているのだろうか。もうすぐ蕗の薹が顔を出す春。あの猫ちゃんたちはどうしているのか、元気で生きているならいいけど。キンタロウも手羽先が恋しいのか食欲がないように見える。楽しかった散歩の時間、癒されて元気をもらったのは私のほうだったのにな!

いつもの散歩コースに、五十代の夫婦らしいホームレスが木材で、窓のある掘っ立て小屋を作っている。発電機とテレビもあり、家庭菜園も始めたようだ。どんな事情があるのかは知らないけど、なぜか、今はまだ声を掛ける気にもならない。


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